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ココロのコンパス

仕事のことや心のことを中心に書いていきます。

僕が家族療法から学んだ大切な教え。「問題を外在化する」

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こんばんは、yuki@カウンセラーです。

5月も終わりますねー。

 

今日はみなさんに知ってほしい、

大切な教えを紹介します。

人や組織に関わる人だったら

カウンセラーではなくても

絶対に活きる考え方です。

 

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家族療法

まず、タイトルにもある家族療法が

どんなものか簡単に紹介しますね。

 

家族療法は1対多に対するカウンセリング手法で、

それこそ家族やグループに介入するヒントを

教えてくれます。

 

例えばアルコール依存の父親などが

良い例ですが、

アルコール依存は多くの場合、

その人だけの問題ではなく、

一緒にいる家族(特に妻)だったり、

またそれが子供に影響を与え、学校での

ふるまいに問題を起こしたりします。

そのようなときに、アルコール依存という

問題を抱える父親にだけ、カウンセリング

するのでは限界があります。対家族に

カウンセリングし、みんなで協力して

父親のアルコール依存を乗り越えていく方が

いいでしょう。

 

問題を外在化する

僕が家族療法から学んだ中で

大切な教えが2つあります。

1つは今日解説する問題の外在化。

もう1つは偽解決です。

(偽解決の方は近日中に解説します)

 

では、問題の外在化について

いつも通り具体例で解説していきますね!

 

以下は 不登校になった子供とその家族の例です。

普通のカウンセラーは

「いつからお子さんは不登校になられたのですか?」

という質問の仕方をしますね。

これが普通ですよね。うん。

 

でも問題を外在化するための質問は

違います。

「不登校という問題はいつから

お子さんを学校に行かせていないのですか?」

とききます。

日本語だとかっこ悪いのですが、

英語でいうと、

上の主語が「he」なのに対し、

問題を外在化する質問の主語は

school refusal」になります。

(英語あってるかな)

 

外在化することの効果

子供を主語にするということは、

不登校という属性は完全に子供について

いるということになります。

子供だけの問題のような感じになります。

 

しかし家族療法の考え方では

不登校は子供一人の原因ではない。

家族全員で立ち向かっていかねば

ならない課題です。

それなのに、子供を主語にした

会話をしていたら、

子供は責められていると感じるでしょう。

お母さんやお父さんも子供に向かって

話をしてしまいます。

 

そうじゃない。それだから変わらない。

外在化が必要です。

 

やりにくいし、慣れるまで時間はかかるけれど

子供を主語にするのではなく

不登校を主語にします。

 

「”不登校”は子供にどんな影響を与えましたか?」

「”不登校”は家族にどんな影響を?」

こんな感じ。

 

日本語の性質上、難しい部分もありますが

大切にしたいのは

 

”不登校”という属性を子供から離し、

家族が一緒に取り組むべき共通の課題として

位置づけを変えること。

 

これにより

安心してコミュニケーションを行う

土壌をつくることができます。

お子さんにも

「君だけのせいではないよ、

 一緒にとりくもう」

というメッセージを与えることが

できます。

 

お互いの責め合いや

逆に「僕が全部悪い」といった

自己否定からフリーになることができます。

 

すっごい優しくないですか?

家族療法って。

 

僕はこの問題の外在化の

考え方とテクニック、

すっごい優しく感じられて好きです。

 

まとめ

問題の外在化とは、

 

取り扱うべき問題を

「その人の問題」から

「グループみんなで取り組むべき問題」

つまりシステムの問題として

フラットに議論のテーブルに置くこと

です。

 

誰も一方的に責められることのない

安心したコミュニケーションができます。

 

慣れていない人が

外在化するのは練習がいりますが

上で紹介した大切にしたい考え方だけでも

押さえておくとあなたのまわりの組織や

グループが変化するかもしれませんね。

 

あ、こちらの記事もおすすめですよ。

www.kokoro-no-compass7.com

 

ではー!

 

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注)家族療法家すべてがこの技法を

  使うわけではありません。

  一部に限定されていますし、

  日本語とは多少相性の悪い

  手法かと思います。